2015年12月06日

昭和精吾お別れ会



東京芸術劇場の『レミング』初日と重なって笹目さんや偏陸さんはいらっしゃれなかったのだけど、POOに50人以上が集まってくださって、賑やかに、和やかに、昭和さんを囲む会となった。
快くコメントをくださった関係者の皆様、お集まりくださった皆様、来られなかったけれどメッセージをくださった皆様も、ありがとうございました。

そもそもこの日は公演の予定だったし、湿っぽくない感じがいいなというのもあり、
ただ映像を鑑賞して偲ぶのではなく、公演の時のような企画にしようとイッキさんと決めた。
おかげでやっぱり、前日は公演の前日と同じ感じで、準備をずっとしていた。今回は音源の編集と、スクリーンに映す写真の編集をした。(舞台映像は近年撮影してくれていた山下さんが編集してくれた。)
そういえば告別式の前日も、状況がはっきりわからなかったので音源をいろんなパターンに対応できるように編集し、棺に入れてと言われた写真をプリントし、ってしていたら徹夜になって、気づいたら出かける45分前になっていて慌てて着替えたんだっけ。ボスが亡くなっても、やることは同じなんだなあと思った。

2015.12.6 シアターPOO
[昭和精吾お別れ会 セットリスト]
作:寺山修司 音楽:J・A・シーザー


客入れBGM/昭和精吾トーク[2013.8.15音源]

0.短歌掛け合い「燃ゆる頬 森番 海の休暇」(構成:佐々木英明)/ こもだまり・イッキ

1.くらま天狗(『邪宗門』より)/ 昭和精吾[1972.1.30音源]
2.力石徹への弔辞/ 昭和精吾[2012.12.14映像(演奏:西邑卓哲)
3.昭和精吾への弔辞/ 萩原朔美

(トーク)萩原朔美・こもだまり・イッキ

4.雪か/ 昭和精吾[2015.8.15映像]
5.国家論/ 昭和精吾[2015.8.15映像]
6.アメリカよ/ 昭和精吾[2015.8.15映像]

エンディングトーク/ 昭和精吾・こもだまり・イッキ[2013.5.4映像]

[当日スタッフ]
映像撮影・編集:山下正人
音響・映像オペ:倉垣吉宏(舞台芸術創造機関SAI)
照明オペ:麻宮チヒロ
受付・配布:西邑卓哲(FOXPILL CULT)
客席誘導:イッキ
音源編集・写真編集・制作:こもだまり




公演では寺山さんの講演会の声を流しているので、今回は昭和さんのトークの声という趣向。
開演時間になる頃「では紹介します、こもだまりです!そしてイッキです!」と、昭和さんが我々を呼び込んでくれる過去公演のカーテンコールになるよう編集してあり、「昭和さんに呼ばれたんで行きましょうか」と受付から舞台へふたりで向かう。
これまでと変わらないスタート。昭和さんが楽屋にいるようだ。


いつも通り、イッキさんとふたりでの前説トークから「短歌掛け合い」。
暗転し、その暗闇のまま「くらま天狗」へ。

そして一年前のここ、シアターPOOでの『力石徹への弔辞』、そして萩原朔美さんが登場し『昭和精吾への弔辞』を再び。

「死んだら聞けないんだから、生きてるうちに聞きたいよね。誕生祝いにやってくれない?」と昭和さんが萩原さんにねだって、目の前で読んでもらったのが一年前の今頃だった。
今日は昭和さんの舞台写真をバックに、萩原さんが弔辞を読んだ。
「昭和が死んだら、これ読みに行かなきゃな」と1年前に約束した通り、そして逝去の報告をした日にも「お別れ会、俺、弔辞読むよ」と言ってくれた通り、萩原さんは今日、来てくれた。

そのあと、みなさんをお呼びできなかった告別式の報告をイッキさんとふたりでした。


そして後半戦は最終公演となった夏のザムザの映像を三篇。

エンディングには2013年5月4日、昭和さんと三人で公演を打った最初の日のカーテンコールのトークの映像。
昭和「というわけで、このあと2時間2000円飲み放題で寺山さんを偲ぶ会をやりますんで」
わたし「あっ、あと昭和精吾の古稀を一年半遅れで祝う会も併催されますので」
昭和「(笑)、ですんで、よかったらみなさんも飲んで行ってください。それでは」
と、昭和さんが拍手の中、楽屋にはけていくところ。
そしたら昭和さんがいなくても、楽屋にいるみたいな気分で飲めるんじゃないかと思った。


チヒロが飲みながら「なんだか昭和さんがいるみたいな気がして仕方ないです。混じって飲んでるんじゃないかってさっきから」と言った。そうだね、そんな感じに、これまでのいつもの打ち上げみたいに飲みたかったんだ。

昆さんが「質問!」と手をあげたのでマイクを渡すと「今後昭和精吾事務所はどうなるんですか?」とおっしゃった。わたしは「僭越ながら今後も変わらず昭和精吾事務所として活動していきます。イッキさんは別の事務所に所属しているので難しいところなんですが」というとイッキさんが続けて「はい、でも社長と話して、僕も昭和精吾事務所を名乗る許可をもらいましたんで、今後は名乗ります」と答えた。(昆さん、この話をする機会を与えてくださりありがとうございました。)



この写真は、飲み会の終わり際まですっかり忘れてて、何人も帰ってしまったあとに回して書いてもらった色紙です。
かほるさんと相談した結果わたしが預かることになったので、書き加えたい方はおっしゃってくださいね。(10日に、一緒にお墓参りした際に英明さんにも書いてもらいました。)

※お世話になった方々のこととか、もう少し書きたいことがあるのですが、ひとまず本番のことを先に報告させていただきました。

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