七七火)本番まであと一ト月、CM第一弾公開七七火)撮影に向けて

2018年06月16日

森田童子さんの訃報を受けて/理生さんと昭和さんと李庚順

森田童子さんが今年4月に亡くなっていたと、高取英さんの呟きで知った。

37年前、早稲田大学内でジョイントコンサートがあった。





勾玉をふたつ触れあわさせる時、
そこには硬く透明な音が生まれる。
森田童子の歌は、勾玉の響きのように空に溶けてゆく。
そして空を見上げるとき、そこにはさまざまな漂流物がゆっくりと浮かんでくる。
記憶の遺失物、鳥たちの墓場。
時間は錯綜し、童子の唄を水先案内人に、
不思議空間へと旅立つことができるようになってくるのだ。
森田童子は時間と空間を唄い、
それを人生と名付けているのかもしれない。

時代が凍えて行っても、熱いものを抱えている男がいる。
一個の卵を割るとそこから
溶岩の流れ出す楕円球体を抱えている男がいる。
汽車の響きと心臓の鼓動が同じリズムを刻む男がいる。
昭和精吾が体の中から言葉をあふれさせると、
洪水が起きるようだ。
火の粉が舞って現在[いま]を灼く。
そして火傷の痛みが私たちを目ざめさせてくれるのだ。

岸田理生

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中池眞吉 第一回プロデュース 
森田童子×昭和精吾「双頭の歌」

1981.11.5 - 8
早稲田大学 大隈講堂裏 劇団「木霊」アトリエ(※正式には木偏に霊の一文字表記)

昭和精吾[一幕]寺山修司の叙事詩『李庚順』
昭和精吾のひとり旅/J・A・シーザー 音楽/岸田理生 構成選出/大田尾櫻 琵琶

森田童子[二幕]森田童子と黒い天使の四重奏
いま黒い天幕の中は、色鮮かーー 悲しい玩具箱のようです。

制作=吉沢耕/浅田直亮/忍田純子



寺山修司の名作長編叙事詩「李庚順」。
青森の一人息子による母殺しの物語。
昭和精吾の代名詞ともいえる演目で、2013年よりイッキさんとわたしの二人語りで上演を重ねている。
(※昭和精吾 舞台音源 s_05『李庚順』1999ジァン・ジァン公演 はVHSから拾った音なので、2000円にて販売中です)


第12回岸田理生アバンギャルドフェスティバル参加作品として7月に上演する『七七火-なななぬか-』は第二部は理生さんの『火學お七』を音楽劇としてダイジェストで、
第一部はこの寺山修司の長編叙事詩『李庚順』を軸に上演する。

そう、『李庚順』は、このとき理生さんが演出したというご縁がある。

『火學お七』は、このライブの一年後、1982年に初演『恋唄くづし 火学お七』を上演し、昭和精吾も「肉屋の主人」役で出演。
翌年『火學お七』と名も中身も刷新して再演。
40年経っても色褪せない二人の作家、ふたつの作品を、昭和精吾事務所が再生します。


麻人楽用に再構成するにあたり、理生さんの劇団でこの作品に出演していた友貞京子さん、雛涼子さん(ユニットR)、宗方駿さん(理生さんを偲ぶ会代表/プロジェクト・ムー主宰)に多大なご協力をいただいた。
雛さんのユニットRも、宗方さんのプロジェクト・ムーもリオフェスに今年も参加しています。
去年の『血系譜』(『吸血鬼』ダイジェスト)を見たお二人は、びっくりしてらしたけど決して否定はしなかった。愛してる作品が違う形になっても「そんなの理生さんじゃない」と言わないのがすごいなと思って、それは彼らが、現在進行形で理生さんの作品を考えているからなんだと気付いた。
若い世代が理生さんを知って、上演すること、そうして広がっていくことを喜んでくれる。
友貞さんも、形は違うけれど理生さんの作品を大切に思っていて、「こもださんが火學お七のことを言いだしてくれたから、台本を掘り起こして、懐かしかったー! あの頃劇団員で手分けして書いたの、だからこれは誰の字、とか思い出すんです。たくさん手書きで書き込みがあって恥ずかしいけど、こもださんは共演したこともあるし、見せます。わからないことあったら訊いて!」と言ってくださった。

そういうわけで、わたしの手元には、37年前の手書きの上演台本がある。
なんという贅沢!



その想いは受け止めて、恐れず、思うようにまっすぐ作ります。
どうか、楽しみにしていてください。

第12回 岸田理生アバンギャルドフェスティバル/リオフェス2018参加作品

昭和精吾事務所 昭和精吾生誕77年記念公演
七七火-なななぬか-

[作]寺山修司/岸田理生「火學お七」
[構成・演出]こもだまり 
[音楽]J・A・シーザー/西邑卓哲(FOXPILL CULT)

 


2018年
7/6(金)19:30
※7/7(土)13:00 特別ライブ「七七ノ歌-ナナナノカ-」
7/8(日)15:00/19:30

渋谷・サラヴァ東京
http://komodamari.blog.jp/201807z




森田童子さん死去していた「高校教師」主題歌ヒット 6月12日(火)0時54分 日刊スポーツ
 1976年(昭51)年に「ぼくたちの失敗」がヒットするなど、1970年代にシンガー・ソングライターとして活躍し、1983年(昭58)に引退した森田童子さん(もりた・どうじ=本名不明)が、4月24日に亡くなっていたことが11日、分かった。65歳だった。日本音楽著作権協会(JASRAC)の会報に、訃報が掲載された。死因は明らかにされていない。
 森田さんは、1975年(昭50)に「さよなら ぼくの ともだち」でデビュー。若さとむなしさが充満する歌詞と、語り掛けるような歌声が特徴で「孤立無援の唄」や「男のくせに泣いてくれた」などヒット曲を出した。ライブハウスを中心に活動を展開し、若者に支持されたが、83年に東京・新宿ロフトでの公演後、活動を休止した。明確な引退宣言はなかったが、引退後は主婦として暮らし、表舞台には出なかった。
 その中、1993年(平5)に「ぼくたちの失敗」がTBSドラマ「高校教師」の主題歌となり再ブームを呼んだ。2016年には、最新技術でリマスターされたアルバム全集や全曲集の楽譜も出版されるなど、再び脚光を浴びていた。

(引用元URL:https://news.biglobe.ne.jp/entertainment/0612/nsp_180612_7609592967.html

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mari_air at 00:00│Comments(1)昭和精吾事務所 

この記事へのコメント

1. Posted by 鈴木幾代   2018年06月17日 11:31
5 森田童子の世界 をFacebookで立ち上げております
4月24日に森田童子が死去していた というニュースに森田童子ファンは唖然と‥‥ といってもいつかは と 覚悟のようなものはありましたが こうやってブログを書いていただけると嬉しいです!
ありがとうございます。❤️

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