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2018年07月19日

七七火)「七七火〜火學お七抄」着物解説

着物に興味のない人には「???」って感じだと思いますが、tweetに少し書いたら思ったより反響あったので、約束通り少し詳しく。着物は独学なので、間違いもあるかと思いますが。


「火學お七」の着想もとの「八百屋お七」。
歌舞伎や踊りや浄瑠璃でも人気の物語です。




wikipedia(https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%85%AB%E7%99%BE%E5%B1%8B%E3%81%8A%E4%B8%83)に詳しく出ていますが、八百屋お七は実際にあった事件で、センセーショナルだったためそれを元に井原西鶴ら複数の人物が物語化、創作が加わったので、ゆかりの地や恋人の名前などの説がいくつもあります。放火するものもあれば、火はつけないけど半鐘を鳴らしたり(嘘で半鐘を鳴らすのも重罪)、いろいろ。

理生さんの「火學お七」の舞台は昭和33年(1958年)。
売春防止法が完全施行させる4月1日の、一ト月前の3月1日〜3日(ラストシーンに「そうだね、今日はひなまつり。」という台詞があります)と考えられます。鳩の街ならぬ玉ノ井近くの赤線地帯・鳩の町は、モダンな建物だし、おそらく娼婦たちも洋服を着ていたのでしょうが、イッキさんとも相談して、敢えて衣装は着物に。処刑される前の引き回しのときに振袖を着たって噂もあるし、ラストシーンは着物にしたかった。しかし、お七定番衣装(後述)はコスプレ感満載になるので、試行錯誤してああなりました。








女四人の帯は変な結びだなーと思った人もいたかもしれない。全員お七結びにした。
だらり結びを名古屋帯でしたのでちょっと短めになってて、変わり文庫みたいな感じ。
CM映像で後ろを向くときを確かめてください。



現在の歌舞伎や浄瑠璃で、お七衣装(紅と浅葱の麻の葉文様 段鹿の子)といえばこれ。

これは文化6年(1809年)『其往昔恋江戸染』で八百屋お七役の歌舞伎役者の五代目 岩井半四郎が麻の葉段鹿子(鹿の子絞りで紅と浅葱の段染め)の振袖を着て、定番化したものらしい。
帯は赤に黒の縁取りのある鯨帯が多い。
※裏が黒繻子でリバーシブルなのを鯨帯・昼夜帯と言う(鯨の背と腹の色が違うから/裏が黒だから)。(この帯のようにオモテの縁まで黒いのはお染帯と呼ぶようだけど、その由来は知らない)



月岡芳年が八百屋お七の櫓のシーンを描いた「松竹梅湯嶋掛額」では、帯は黒い掛襟の矢絣のを着ていたので、映像の中の十年前のお七はそちらのイメージを踏襲。お染帯はさすがに持ってなかったので、色味だけ赤黒。


現在のお七は、定番衣装の着物の浅葱色を踏襲。帯は市松の鯨帯。
赤襦袢と髪飾りの赤い鹿の子絞りは、十年前と同じ。
こもださんが与えられる衣装といえば赤・白・黒・紫なんですが、こんな理由で珍しく淡い色を着用。
今年の春、祖母の箪笥から出てきた着物でした。歌鈴ちゃんや実加さんの襦袢も祖母の箪笥出身。




四人の女は共犯関係なので、色味や小道具は円環させていて、誰かが誰かにリンクするようにした。わたしの帯留と歌鈴ちゃんの髪飾りと実加りんの羽織紐が珊瑚で、おもちの着物の柄とわたしの帯が市松とか。



3月7日の時点で出演が決まっていた全員でフライヤー撮影に臨んだので、衣装はその時考えた。あとからおもち(餅月わらび)の出演が決まって、3人でバランスとってたから、4人目の衣装は結構悩んだ。家から大量の着物たちを持って行って試着させた挙句、試着してない着物に決まったという笑い話。
おもちは少女娼婦なので、ほかの三人は染めの柔らかもの(色無地と訪問着になるのかなあ)だけど、ひとりだけ銘仙。でもわたしの帯の市松文様ともリンクしてるし、色味は歌鈴とリンクしてるし、とか繋がりが持たせられたのでよかった。なにより銘仙は若さがあるしね。
冒頭だけ出る、少女娼婦ゆき・はなも銘仙の着物を着ている。


羽織を除けば、実加さんは麻人楽での実加さん定番衣装。
わたしが演じる役の母だったり、嫁だったりを演じてもらった衣装で、ほかの麻人楽作品の映像にたくさん写っている。



こちらは2014年、廻天百眼の一員としてリオフェスで上演した「臘月記」の写真。
(7日ライブにカメオ出演してくれた、劇団員の紅日毬子さん[下]と十三月紅夜さん[上]と共演)

全く無意識だったのだけど、実加さんに着てもらった長羽織、わたしの市松の帯、「臘月記」で自分で自分の衣装に使ってました・・・理生さんと相性がいいのかな。
わたしは双子の二役で、非常にざっくり言うと聖母と鬼母、羽織着たお金持ちの商家の母(皇后の暗喩)と、落ちぶれた新興宗教の教祖である母を演じました。髪型と羽織と帯を早替えしてた。

(しかも豆腐屋の紅夜の衣装が矢絣か。なんという符合っぷり!)


イッキさんが発言が、今回結構いいヒントや後押しになった。
「イッキさんは麻人楽のスタイルをよく知らない人だから、こういうのは受け入れ難いかなあ」と懸念してたいくつかを逆に「かっこいいね!いいね」と言ってくれて、観客目線を知る参考になったし、勇気付けられた。
例えば「まりちゃん、髪のその赤いふわふわは、さすがに無理あるよ・・」と言われれたら、しょんぼりして本番はつけなかっただろうな、というくらい指針になっていた。副代表ありがとう。

鋤柄さんの衣装は自前の書生衣装。
イッキさんも質屋の衣装(洋装)は自分でこだわって考えた。
麻宮さんは麻人楽の定番衣装(洋装)。映像映えもするし、なにより似合うし。

産婆と西邑さんの着物はうちの喪服。
そういえば西邑さんの喪服は、池の下の「犬神」でわたしが着て、実加りんとすっきーとはすでに共演してるわ。兵児帯は「犬神抄」の月雄の帯(7日だけ貸してもらった)。

麻宮・鋤柄両氏は、少女娼婦役があったので、全員がわたしの着物を着たことになる。
休憩10分(実際はトイレ列が長くてもう少しあったけど)でよくみんな着替えしてくれました。
映像撮影日の感じだと着付け手伝わなきゃと覚悟してたのに、通し稽古の頃には女優たちみんなわたしの手を借りずにきちんと着られる状態になっていて・・・ありがたかったです。


以上、着物関連の思い出でした。




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mari_air at 00:00│Comments(0)昭和精吾事務所 | 着物

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