わたしの人生を大きく左右したひとり、恩師である羽野幸春先生は、2017年に他界されました。
担当は倫理で、事象の捉え方、世界の認識の仕方、思考方法、いろんなことを教わり、先生と会っていなかったらわたしは今のわたしではなかったと断言できます。

先生の学級通信の裏面のエッセイを、駒場高校のあとの勤務校・日比谷の卒業生さんがサイトにまとめてくださいました。

管理の方のお名前は存じあげないのですが、奥様より「彼は多くの人に知ってもらいたいからと作ってくれたので」という意図を伺ったので、連絡先を知るかたには直接お知らせしますが、遠いあなたのために、ここに、道標を置きます。


羽野先生べんとう箱

羽野幸春エッセイ「べんとう箱」
https://www.bentobaco.com/


卒業後も交流が続いていたわたしに、奥様が「危ないかもしれない」と連絡をくださったのは青蛾館『中国の不思議な役人』の本番直前(小屋入り後)のことでした。お見舞いに行くと先生は意識もはっきりしていて、わたしだと分かって何かおっしゃるのですが、治療で声を発することが難しくなっており、わたしにも奥様にも、言葉は聞き取れませんでした。
「先生、すぐ本番なので少しの間来られませんが、公演が終わったらまたすぐ来ますから、少し待っててくださいね。元気になって、こないだ葉書でおっしゃってた『薦田』(こもだ、こう書きます)にまつわる話、聞かせてくださいね」
本番2日目の深夜、逝去のお知らせがありました。
お通夜は、本番中唯一マチネ(昼)だけの日で、本番中にもかかわらず列席できたのは、先生の計らいだと思っています。
(羽野先生は演劇部の副顧問でもありました。もう一人の恩師、演劇部の顧問である櫟木先生はそのマチネの公演を観に来て、夜にまだお通夜でお会いしたのをよく覚えています)


☞お通夜の日の日誌
「羽野幸春先生のこと」2017.4.15
http://komodamari.blog.jp/20170415.html


この記事に予想外にあちこちから反応があり、改めて先生がどんなに影響力があり、生徒に慕われていたか思い知ったものです。



開設のお知らせを奥様からいただいたのは1月29日、またしても本番2日目でした(笑)
さすが演劇部副顧問、本番の頃に交信が強くなるのでしょうか…。
公演が終わって、やっといま、これを書いています。

思い立って実際に作業してくださった卒業生さん、
資料の提供を快諾し、お知らせくださった奥様、ありがとうございました。