2005年06月09日

身体操法 研究Day

6/9 参加者=坂戸真紀子、森下保、こもだまり

最近この顔触れの日が多いな。スワちゃんが体調不良につき欠席、とき緒さんがご家族の体調不良につき看病に向かって欠席。台風が来るから気圧のなにかで体調を崩しやすいのだろうか。頭痛も気圧が原因でなることあるって聞いたことあるものね。どうぞお大事に。

フロア中に坂戸が「なんだか私は深追いしそうな気がするので、頃合いを見てとめてね」と言うが、「いいじゃん深追いしても」と言って、フロアのメニューを通すことより、身体の使い方の研究をした。

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mari_air at 23:02|PermalinkComments(0)ダンス・身体 

2005年06月07日

身体操法

6/6(月) 参加者=坂戸真紀子、森下保、こもだまり

30分遅刻で参加。予告したら待っててくれたので、一緒にフロアを始める。
このメンバーになると最近は、じっくり研究色が強くなる気がする。
といっても無駄話をしてるわけではなく、感触を言語化しながらフロアをするという感じ。

坂戸が「まりさんが稽古日誌に書いてたんですけど、contractionを入れる時は、球体の・・・」と言い始めて、私はそれをいつ書いたのか全然思い出せなかった。
今の私の旬は鎖骨だったので。何日か前に書いた、「鎖骨と上腕骨が繋がっているのを意識してすると、腕が胸の中心から生えている感覚が実感になる」という発見。早速ふたりにも伝えて、フロア続行。
保さんはなにかが腑に落ちた様子。
私は、私の身体に搭乗して操縦してるという風に思う時がある。
モビルスーツなら入れ替え可能だけど、残念ながら私の身体に乗れるのは私だけだし、私が乗れるのは私の身体だけ。他の人の身体にも乗って見られるなら、「ああ坂戸、ここはこういう感じだよ」とか「この部分は私より柔軟だね」とか比べられるのに、と思う。
保さんの身体では、鎖骨を意識して何かしたら、何かがピンと来たらしい。それは言語化してもらわなければ伝わらない、微妙な身体感覚(操作感)なのだろうけれど。続きを読む

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mari_air at 01:14|PermalinkComments(0)ダンス・身体 

2005年06月04日

鎖骨と上腕骨と肩甲骨の関係

ライブの打ち上げにいらしてたアリアーヌさんという球体関節人形作家さん(この人とはどれだけ話しててもいつまででも話が続きそうってくらい引きだしのある人で、もう出てくる出てくる・・・それはまた別枠で書きます)と、鎖骨と肩甲骨について熱く語り合った。人間とおなじように動く人形を作ろうと思ったら、骨格図とか筋肉図とか研究してしまったのだそう。続きを読む

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2005年06月03日

ライブレポート(昭和精吾事務所篇)

昭和精吾HPでのレポート(昭和さん中心)は完成しました。

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2005年05月29日

昭和さんと合同稽古

今日は、昭和精吾事務所の照明担当及び、第十三号雑居房のボーカル担当として、昭和さんと合同稽古の日。
朝9畤に江東区の文化センター音楽室に行く為には、7畤51分の電車に乗りたい。
バスで行かないと徒歩15分程あるので、バスの時刻表まで調べてばっちり計画。
今日来る人で昭和さんが知ってるのは私だけなので、私が行かないことには話にならない、と思うと絶対に遅刻はできない。

朝予定通りの電車に乗って、しかも乗り換えで急いだ為、ひとつ前の電車に乗ったらしい、
8畤半ごろ、文化センターに着いてしまったので、外のベンチで缶コーヒーを飲み、昭和さんに電話。「荷物あれば家まで伺いますけど」と言うと音響のイッキさんが仕事で来られないそうなので、何もしないから、荷物はないという。
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2005年05月28日

着物で観劇2

c0a0a3be.jpgいまのうちに一度は袖を通しておこうと夕方ちりめんの袷の小紋(これ、裾回しが赤に葉の模様の凝っている)に着替えて、ひらり、空中分解の「おとしまえのススメ」(坂本くんが出ていて金津くんが書いている)を見に行く。
新宿御苑付近はお祭りで、お神輿がでていた。

前回の写真は「顔が写っていないじゃないか」「あれじゃあ証明にならないよ!」と方々からお叱りを受けた。着物だと自分撮りは難しいのです、距離がとれなくて。着物で腕を高くあげるわけにもいかないのです。
というわけで今回は人に撮ってもらいました。もう袷は暑いですが、夜はちょうどくらいでした。なんだか髪をまとめるのが手早くうまくなった。必要があると上達するんだな。
簡単なかんざし一本でまとめています。




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mari_air at 22:39|PermalinkComments(0)着物 | 観客席から

2005年05月22日

着物で初お出掛け

そろそろ舞台が近づいてきたので、着物で予定外の動きをすることにも慣れておかなくてはと機会を狙ってはいたのだが、天候や状況(着物を着ていくにふさわしくない、例えば会社であったり、バイクに乗る必要があったり、着替えることが分かっていたり)でなかなか実現できずにいた。今日は着物でアプラオスの「月天」を見に行く。
昨日スワちゃんの舞台を見に行くときも前にお勤めさえなければ着物で行きたかったけれど契約打ちあわせ用資料を作るので呼ばれたので、洋服で行った。うちの社長は私が舞台をやってることも容認してくれてる奇特なかたなので、どうしても今日着物でなくてはいけない理由のある日なら、着物で勤務していいですか、って言えば許してくれそうな気もするけれど(そんな理由ってなかなか思い当たらないが)。

前置きが長くなったが、土曜にがんばったおかげで今日は出勤しなくてよいことになり、高円寺の舞台を見に行くにあたり、昨日のとき緒さんから勇気を得て、着物でお出掛け計画を敢行するに至ったのだった。
演劇の現場だったら、最悪着崩れても着付けできる人ひとりくらいいて助けてくれるでしょう、と自らを励ましつつ。

午後になって着替えを開始。草履は(ライブでは履かない予定なので)まだ一足もない。実家にはあるかもしれないが、とにかく手元にあるのは千佳先生のくれた畳おもての下駄で、それは紬の袷に色味がぴったりなので、その組合わせは昨日の晩から決まっていた。あとは帯と帯揚げと帯締め。結構暖かい日なので、白い刺繍の名古屋帯と、紅白の帯締め。帯揚げは白地に淡いピンクのしかないので、着物と同系色のスカーフを使うことにした(初回から冒険?)。そもそも名古屋帯結び、大丈夫なのか?続きを読む

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mari_air at 23:03|PermalinkComments(0)着物 | お出掛け

2005年05月21日

とき緒さんの着物姿

和装とき緒とマリ劇場にとき緒さんがお着物で登場したので、やっぱりこういう時(観劇など)がチャンスだよね、と再確認したのだった。
公演後、ロビーでスワちゃんを待つ間に記念撮影。着物を着た写真を自分で撮るのは難しいと最近の経験で知っている(全身を撮りたいけど自分撮りだと不可能、タイマーか鏡を使うしかないがタイマーだと動くのでいいポーズになるのが難しい)ので、こんなときは洋服組が撮ろうといい出すといいと思う。せっかく通常の何倍かの時間をかけておしゃれしたら、和服・洋服ともども、お出掛け写真は撮っておこうと最近こころがけている。せっかくカメラ付き携帯になったんだし。あと、私には、着物の生写真がとても参考になるから。それで最近、着物好きの人のブログなんかよく見ている。着物ってそうそうたくさん買えるものではないから、コーディネイトが肝になってくる。だから着物愛好家はよく写真を載せているので丁度いい。続きを読む

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mari_air at 23:55|PermalinkComments(0)着物 

スワちゃんの舞台観劇

スワ総統とマリしずくまち♭「穴ヲ食ベル」を見に行く。保さんととき緒さんも一緒の回なのだけど、私はちょっと急ぎの仕事で残業、ギリギリになりそう、と思ったらとき緒さんから、車が踏切内で立ち往生してギリギリか遅刻になりそう、事故あったばかりなんだから気をつけろ、と怒り心頭のメールが届いた。私は10分前に、とき緒さんは3分前くらいに到着、しかもお着物で息きらして。みな無事観劇。
スワちゃんはスワちゃんの役割を余すところなく演じてた。
とってものびのびしてたし。
終演後(私の願っていた通り)衣装のままスワちゃんが出てきてくれたので、記念写真を撮ってもらった。舞台は女性が死に絶えて男だけになった近未来の話なので、女優が全員オジサマ役をやる。彼女の役は「総統」。おヒゲが似合ってましたわ。続きを読む

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mari_air at 23:30|PermalinkComments(1)演劇・舞台 

2005年05月18日

失恋したときのように

失恋したときに聞く音楽や見るものすべてが失ったもののことを思い出させるように、いま見るもの聞くものが、それがどんなに楽しいものであっても、むしろ楽しいものであればあるほど、意識しないまま涙が流れます。

悲しいということと喪失感とはほぼ同義なのかと思いました。
そのものがなくなるということ、それは変化であったり消失であったり、でもそれがそれでなくなるということは、悲しいこと。もしそれが再生や生まれ変わりの為の変化であったとしても、わたしは存分に悲しんでおきたい。そしてその分、生まれてくるものを喜びで迎えたい。続きを読む

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mari_air at 05:06|PermalinkComments(0)砂々良