2005年02月26日

着付のお稽古

今日は着付けのお稽古に行った。
浴衣は自分で着られるし浴衣の帯は結べるんだけど、着物となるとてんでわからない。
何がわからないのかもよくわからない。
単純に着物には興味をもっていたし、舞台で着物を着る機会があるし、せっかく身近に着付けの先生がいるのだからと思いつつ1年。
千佳先生に今年こそ習いに行くと宣言していたのが、CD製作が一段落してやっと今日第一回が実現したのだった。

感想。
アイテムの構造がわかると使い方が理解できる。

ダンスで自分の身体の内側(骨・筋肉)の構造を考える機会は多いけど、自分の身体の輪郭の方を強く意識する機会は、エキサイティングだった。
着物は直線でできてる(たたんだことのある人ならよくわかる)。
それを立体である人の身体にどう沿わせるか、どこが決め所なのか、というのがわかってくると、めざすところが明確で、お稽古が楽しい。
下着から着物、帯、草履までひととおりお稽古用に持ち帰ったので、いつでも着られる。

ところで今書いたことって、全部ダンスの稽古にフィードバックできる。
「アイテム(=身体)の構造がわかると使い方が理解できる」こととか。

普通に習い事って先生の説明の途中で口を挟むなんて失礼なことなのだろうけど、やってみて、それでもわからないことはその場で質問させて答えていただけたので、理解して進める。
しかもそうやって一緒に一通りやったあと、「はい練習」ってフリーにして、ひとりでやらせてみる。その時生まれた質問はためておいて、あとからまとめて質問する。
やってみせてアドバイスをいただく。

これもCavatinaの稽古の進め方と全く同じ。
自分が一緒に踊って見せて、説明して、質問をうけて、「はい練習」と自主練させ、練習のあと見て、アドバイスするという方法や、質問されたときに自分の身体の記憶で確かめる(実際にやってみて答える仕方だった)方法が。

それがとてもやりやすかった。
千佳先生ありがとうございました。

でもダンスとひとつだけ違うのは、ダンスは対面の鏡か、先生と同じ向き同じ方向で真似るのに対して、着付けは(方角が決まってるから当然だけど)対面なのに鏡でないこと。
どうしてもダンスの稽古の習慣で対面でつられてしまうので、死人になりかけた。
自分の身体でおぼえなきゃね。

このエントリーをはてなブックマークに追加
mari_air at 23:45│Comments(0)着物 | ダンス・身体

コメントする

名前
URL
 
  絵文字