すこし前から、2週に1回〜2回、音楽室に入ってリハがある。(演劇では普段の練習は「稽古」、本番前の通し稽古レベル以上を「リハ(ーサル)」というけど、バンドの人は普段の練習から「リハ」と言っていたので、私もそれに倣ってそう呼ぶことにした)
そもそも昭和精吾事務所の若手公演「叫ぶ種子あり」を見たヂルさんに「生演奏で語ってみませんか」と誘われたので、語りだと思っていたのだけど、どうやら歌も歌うらしい。
演劇の中で役柄として歌うという経験は何度かあったけれど、音楽として、歌を考えたことがないと思い知って、驚愕する。できなさ加減に。
ただ歌うことしかできないという事実。
演劇の稽古はまずマイクを使うことは稀なので、昭和さんの公演ではマイクを握って台詞を言うのにまず苦労したものだった。マイクも(先日の着付けの話とリンクするが)道具なので、使い方がわからないというところで苦労する。もっとカラオケとか行っておけばよかったと思ったものだった(カラオケに行ったりすると余程OLさんの友人の方がマイク慣れしてたりする)。
それでもまだ、語りなら、抑揚なりリズムなり(セオリーを知っているという程ではないにしても)耳で聞いた経験があるから、発想も浮かぶし、努力目標も見えるし、他人と共有する語彙があるので、一緒に作り上げることもできる、ような気がする。
(それでもダンスやスポーツに比べてルールが曖昧なので、演劇の語彙というのも対したものではないかもしれない。スタニスラフスキーシステム以降、ないのか?そんな事言ったら怒られるか?ところでこないだバイクの運転中に「そうか、ある意味つかこうへいの台詞の口承って、よくできたシステムだな」と思ったのだけど、何によってだったか?)

でも歌は(演劇とそんなに隔たりがあると思うことが間違いなのかしら)、私の中に、それの為の語彙がほぼ、ない。Yと話していても「ん?シャッフルって何?」とか「ペンタトニックスケールだ?」とか疑問の単語が出てくるくらいだし、例えばグラムって言ったら誰、みたいな音楽よく聞く人なら普通に知ってるようなことがさっぱりわからないし、私の持ちネタといったら、リズム感と演劇による発声とマイクを使ったことがあることと楽譜が読めることと、ピアノとドラムとギターをわずかにかじったことくらい。前途多難。
ヂルさんと会って間もないので、コミュニケーションがスムーズでないのもあるかもしれないけど、そう、例えば音楽のいいなと思うところって、まさにこういうところで、音楽という言語によって、初対面でもすぐ一緒に音楽できること。
あなたとは初対面ですが、ふたりともこの曲を知ってるから一緒に歌える、なんてことはあるでしょう。そういうのが、楽器同士でもあって、「ジミヘンのあの曲みたいなイメージで」とか言って「ああ」って通じたりする場面をみて、いいなあと思っていたなあ。
それで、何が言いたかったかと言えば、いまヂルさんが「こういう感じで」とたとえ話をしても私が「??」ということが多すぎる気がするのだ。お互いがお互いのわかる言葉に翻訳していく作業ももちろん必要だけど、まずは自分の知らないことを知っていくのも楽しい作業なので、今世の中にある音楽をたくさん聞こうと思っている。幸いYのCDはたくさん家にあるのだし。

「語りから派生したような歌」というのがヂルさんのやりたいことなので、(たまたま最近できた新曲がメロディのあるものが多いので私は歌うたいさんみたいで大変な思いをしてるのだけど)演劇の語彙とリンクして応用できれば楽しくなると思う。
音楽に乗せて語る名手の昭和さんがせっかく近くにいるのだから、まずは模倣から始めよう。昭和さんのリズム感は特別すごいので、思い立ってもできるとは限らないが。

でも歌っておもしろい。
やっぱり声だっていうとっかかりがあるせいかな。
それでも「こういう風にしよう」と思いついても、そうする為の方法がわからなかったりする。あと、歌えてるのかどうかも、大きな音がかかってるところで歌ってるしマイクを通してるからその時はよくわからない。
録音とか録画の技術が発達しててほんとによかった。
台詞を覚えないと稽古にならないのと同様、やっぱり詩とメロディを身体に入れてしまわないと、ほんとうの意味で「歌える」ようにはならないだろうな。