5/9 ダンス 仲町ライブ用衣装

2005年05月13日

ライブハウスに立つ心構え(2005.5)

バンド、と言うけれど、初体験なので実は正直、バンドというのがどういうものなのかよくわかっていない。
そもそも今参加している「第十三号雑居房」というのは暗黒舞踏家の犬吠埼ヂルが舞踏するための曲を作っていたところが原点で、暗黒舞踏をするためにできたユニットだ。
今は曲を作ることとギターを弾くことも力を入れているけれど。
私が呼ばれたのは、2年前の昭和精吾事務所の若手公演「叫ぶ種子あり」を、もともと昭和さんの観客だったヂルさんが若手公演とは知らず(間違って)見に来たのが発端。で「生意気な言い方ですが、若手が育っているなと思った」そうで、その時に『短歌零年』を見て、バンドの演奏で語りをしませんか、と勧誘されたのだった。

そういう訳で、私も生演奏で語りってとても興味が湧いて、何度か合わせてみて、やってみることにした。語りにとどまらず、唄もうたうことになったのは想定外だが。
(昭和さんの稽古も音楽室だが、音楽のソースは全てCDやMDなので)リハーサルに音楽室に入って(ギター以外は現在打込みだが)隣にギターを弾く人がいて語ったりうたったり、時には掛け合いをするのは、おもしろいものだった。他に面白いと思ったのは、ヂルさんが自分で詩と曲を書いて自分で演奏しているってこと。創さんや寺山さんの戯曲を渡されてそれを演じることはあっても、最近、作家自身が出演している舞台はやっていない。自分で戯曲を書いたことのない私からするとそれはとても興味深い。

曲があって暗黒舞踏と語りをしたい二人が揃っている形は、もしかしたら本当はバンドではないのかもしれない。だからバンドって何だろうなんて言っているのだが。
でもバンドとカテゴライズして活動して、ドラムとベースが生になって、そしたら昭和さんとも生演奏で公演ができる、そう思うとわくわくする。
私の回りにいる人達は、ダンスもするし俳優もするし、照明もやる。それはいつでも昭和さんにぶつけて一緒にやることができる。でも音楽をする人で一緒にやっていける人はいなかった。これまで昭和さんの所にいた音楽家は、それぞれの理由で今、昭和さんの元にいない。私は自分で、音楽してみたいと思ったのだ、たぶん。

唄の稽古で感じたこと。生演奏となれば少し違ってくるのかもしれないけど、演劇に比べて唄は尺がタイトに決まっている。そう考えると昭和さんは、使う曲の盛り上がりにちゃんと合わせてくるので、あの人の朗読は歌に限りなく近いと改めて気付く。結局こうやって考えても私からバンドの話は出ず、行き着くのは昭和さんの話だ。ああそうか。詩も、歌も、短時間で語りきらなくてはいけないからか。凝縮されているんだ、物語が。わたしはこうやって考えながら冗舌に書く、それは詩とは真逆の世界だな。歌は詩なんだ(歌詞というくらいに・・・寺山さんが歌詞をたくさん書いてるように・・・)。創さんが長篇戯曲をやめて短編戯曲ばかり書くようになったのも、詩の世界に近づいていったんだ。

ほら、たいていのことは、やってみなければわからない。
だからやってみるのだ。

だから心構え、と聞かれれば、私は俳優なので舞台としてやる、と答える。
ボーカルとしての芸名をたてず、こもだまりという名前のまま参加するのも、たぶん、枠がそこではなく、曲のひとつひとつの中に役名があるからなのだと思う。昭和さんがひとつひとつの詩の中で一つの役柄を演じるように、私は演じたいと思う。
創さんが若手公演「叫ぶ種子あり」を見た時に言った、フィクションの(演技)の位置の話。昭和さんの、「すっと入ってすっと出てくる感じ。というより、入るとか出るとかそういう感覚ではないところにいる感じ。人間は舞台に上がらなくても、いつでも演技をしていることを分かっている」感じ。その感覚で。

あとは精進!バンド、ということで起きる初めての現象をひたすら吸収していくのだ。

今回光栄にも昭和さんが共演してくれることになり、寺山修司生誕70年イベントと胸を張って言うことができる。寺山さんのお陰で出会えた人が私にはたくさんいる。もちろん昭和精吾もその一人だ。ヂルさんの思惑とはズレがあるかもしれないけど、私は寺山修司の生誕70年イベントに参加できることをとてもうれしく思う。

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