5/16 ダンス 大谷口スワちゃんの舞台観劇

2005年05月18日

失恋したときのように

失恋したときに聞く音楽や見るものすべてが失ったもののことを思い出させるように、いま見るもの聞くものが、それがどんなに楽しいものであっても、むしろ楽しいものであればあるほど、意識しないまま涙が流れます。

悲しいということと喪失感とはほぼ同義なのかと思いました。
そのものがなくなるということ、それは変化であったり消失であったり、でもそれがそれでなくなるということは、悲しいこと。もしそれが再生や生まれ変わりの為の変化であったとしても、わたしは存分に悲しんでおきたい。そしてその分、生まれてくるものを喜びで迎えたい。

砂々良のママ、渡辺富美子さんが、5月16日、永眠なさいました。

ロシア人?とよく言われるくらい日本人離れした美人だったママ。
短気なマスターを笑顔でかわす穏やかなママ。
着物の似合うママ。
いつもおしゃれだったママ。
病気をしてからも自分の方が大変に決まってるのにとっても回りに気を使ってくれたママ。
わたしとの最後の会話になった電話でも「いつもありがとうね、マスターのことよろしくね」と言っていたママ。

最初の入院から1年ちょっと経ってママもマスターも、まわりも少しずつ心の準備をしているのを知ってはいて、私も未来の話として覚悟はしてきたつもりで、だから亡くなったと聞いたときも、大丈夫だと思っていたのだけれど、なにを見ても関係ないことをしているときも、ふとした瞬間にママに繋がって泣いている。私でこれなのだから、マスターはもっともっと大変だと思う。父が亡くなったとき母は気丈にしていたけれど、きっと大変だったと思う。父の時も闘病期間がしばらくあったし、高校生だった私は病院での父の死に目にあっていない。母から「お父さん死んだわよ」と言われた時も泣かなかったと思う。癌だということも知っていたのでやはり未来のこととして覚悟してるつもりだったし、18年とてもかわいがってもらったし、お通夜の場でも泣かなかった。普段通りのつもりでいた。上の兄(兄二人は父の先妻の子で、母の実の子は私だけ)が母に「最期までよく世話してくれてありがとう」と言い、私に「麻里もそろそろ二十歳だから、そしたら酒飲みにいこうな」と言った時に、急に涙が溢れた。たぶんそれまで現実感がなかったのに、父が死んだ、ということを理解した瞬間だったのだと思う。それ以外のことはあまり覚えていない。
今度はもっとちゃんと見て聞いて、いろんなことを覚えていたいと思う。

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mari_air at 05:06│Comments(0)砂々良 

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