着物で観劇2ライブレポート(昭和精吾事務所篇)

2005年05月29日

昭和さんと合同稽古

今日は、昭和精吾事務所の照明担当及び、第十三号雑居房のボーカル担当として、昭和さんと合同稽古の日。
朝9畤に江東区の文化センター音楽室に行く為には、7畤51分の電車に乗りたい。
バスで行かないと徒歩15分程あるので、バスの時刻表まで調べてばっちり計画。
今日来る人で昭和さんが知ってるのは私だけなので、私が行かないことには話にならない、と思うと絶対に遅刻はできない。

朝予定通りの電車に乗って、しかも乗り換えで急いだ為、ひとつ前の電車に乗ったらしい、
8畤半ごろ、文化センターに着いてしまったので、外のベンチで缶コーヒーを飲み、昭和さんに電話。「荷物あれば家まで伺いますけど」と言うと音響のイッキさんが仕事で来られないそうなので、何もしないから、荷物はないという。


9畤に台本ひとつもって昭和さんは現れた。しばらくふたりで昭和さん枠の構成の話などしているとヂルさんが到着。昭和さんが「いつもの通りの準備して」というので、ギターアンプやミキサー、マイク2本、マイクスタンド2本を借りて準備。私は今日、てっきり全体の構成のことと、もしかしたら各バンドでひとつくらい読むようにと言って寺山さんの詩の稽古でもするのだと思っていて、歌う気で行ってなかったので、びっくり。
準備の間「芝居はいいけど、ボーカルは朝から稽古ってのはきついよな、喉が、朝じゃな」と昭和さんは言う。一応私も今回、歌うんですが・・・やっぱり役者扱いなのらしい(笑)。
でも実は、半月ほど前私もそう思ったところだった。今回バンドのメンバーとして歌を歌ったりするけれど、それはどうも私の中では「ボーカリストをやります」というよりも、役者の仕事の一環と思っているらしいのだ。回りから「ボーカルって大変じゃない?」とか「フロントマンをやるってこと?」とか「楽器やらないで歌うだけならおいしいよな」とかいろんな反応をもらったところで考えたのだけれど、私のやりたいのはどうも「昭和精吾」なのらしい。俳優=昭和精吾として舞台にあがり、それぞれの詩の世界にするっと入り込み、そこで生きて、終るとふっと出てくる、あの感じ。

三人で全体の構成を相談する。
ヂルの提案で昭和さんが普段読まない詩をイベントオープニングに読んでくれることになる。その後を受けての第十三号雑居房、プレッシャーも高くなったが、気合いも入るというものだ。
「じゃあ、最初から行こうか」とお決まりの台詞が出て、なんと雑居房終わりまで軽く通してみせることに。バンドの外の人に見せるのは初めてだったので、初ライブ直線の私にとっても貴重な経験だったと思う。
のち、昭和さんの提案で今回は「寺山修司生誕70年記念ライブだから」ということでオリジナル曲だけでなく寺山さんの詩の朗読を入れることになったり、合同稽古はなかなかの収穫。
母檸檬さんは午後入りだったのだが、稽古はだいたい終ってしまったので、3人で喫茶店に移動してスケジュールの確認などしていたが、母檸檬さんとうまく連絡がとれず会えずじまい。



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