新生・第十三号雑居房 逆慰問ライブvol.3とき緒さんと着物デート

2006年01月22日

70年代ファッション

060122昭和昭和さんから召集がかかり、朝10畤半、イッキさんと昭和さんのお宅へ。
「団塊パンチ」という、団塊の世代をターゲットにした雑誌の取材で、昭和さんはレパートリーの「力石徹よ」(寺山さんの書いた力石徹への弔事)についてや、当時のことを話すらしい。そこに写真で「70年代の再現って感じの写真を撮るから、当時のファッションか寺山さんの世界の衣装を考えて着てくるように。」との指令。

060122鉄路webで調べたところ、私が思っていた70年代ファッション(サイケ・ミニスカ・モッズのミニマム・抽象柄のポリのシャツ)は60年代のものだった。加賀まりこ主演の「月曜日のユカ」とかあのへんだと思ってたんだけど、加賀さんが1943年生まれだそうなので、70年代アイコンじゃあないな。
70年代の流行は、60年代後半からのヒッピー=ベルボトムジーンズにTシャツ、長髪(『時代はサーカスの象にのって』のモデルであるミュージカル「Hair」の世界ですね)や、フォークロア(民族系)だったそう。73年の石油ショックのせいで、ファッションもサイケな色からアースカラーに移行し、自然素材が流行ったんだそうな。

060122まり&イッキ力石徹の告別式は1970年(昭和45年)3月24日、東京都文京区の講談社本社講堂。
そもそも「あしたのジョー」連載は昭和43〜48年(1968〜1973年)で、early'70sか。
ということでヒッピーに決定。フォークロアのロングワンピース(床まである)を、膝丈まで持ち上げて、ベルボトムジーンズと合わせる。メイクはつけまつげしていくつもりが、電車の時間を気にして焦れば焦るほど上手く装着できず、断念。アイラインを太く引くにとどめる。


お宅につくと、昭和さんがリビングで取材中。といっても写真撮影だけらしく、適当なことをしゃべっているらしい・・・と思って耳をそばだてると「そのとき僕は駅で絵はがきを買ったんです。・・・」と。昭和さんたらそれ!『李庚順』じゃないですか!(笑)正確には『李庚順』の李がインタビューに答えてるといった語調で、昭和さんはしゃべり続けていました。おもしろいわ。

私に気付いて李さん、いえ昭和さんは「こもだ、(取材陣が)ヒッピーがいいって。あれ(昨夜写メ送り済)にして。」
イッキさんは黒のハイネック(ていうか当時の言い方なら「とっくり」?)にジーンズで来たのに
「イッキはあっちに学ランあるから着て。」と昭和さんが一蹴。着替えてカメラマンの女性と、VOYAGER の香川さんと、飛鳥新社の赤田さんと、昭和さん、イッキさん、わたしの総勢6人でロケに出発。


昨日は久々の大雪。ロケ場所の鉄道も一面の雪!!
「これは寺山さんが仕掛けましたかね」などといいつつ、線路に入って撮影開始。絶好のロケーションだけどとにかく寒い(途中で昭和さんの洟待ちがあったほど)。といって撮影だから手袋もマフラーもできないのだ(笑)。カメラさんも素手だから寒そうだ。2カット撮って、撤収。その間に撮影風景を携帯で撮ろうと思っていたのに携帯を昭和さん宅に忘れたので、イッキさんに撮ってもらうが、なんだかぼやーっとしか写らない。霧がかかったような写真になってしまう。雪で光線がハネるせいかな?

060122打ちあわせ2帰って、昭和さん宅の、リアル「精吾の部屋」で、奥様の淹れてくれた暖かいコーヒーとお昼ご飯をいただきながら、お正月に買ってきたというDVDレコーダー(すご録・VHS搭載型)と液晶テレビで公演のビデオなど見たり、今後の打ちあわせをしたり。
部屋にはこれまでの出演ビデオ、本などがたくさんで、本棚を見ているだけで楽しい。
昭和精吾さんの出演した三和銀行のCMも私は見たことがなかったので見せてもらった。
ご存知の方いらっしゃいます? 鞍馬天狗の扮装で、銀行のATMにいる昭和精吾を。

ずいぶんしてから気付いたんだけどさ、イッキさん。
撮影畤に携帯で撮った写真がぼやーんとしてたのは、ポッケと外の温度差でレンズが曇ったんじゃない?


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mari_air at 17:38│Comments(1)TrackBack(0)演劇・舞台 

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この記事へのコメント

1. Posted by まり   2006年01月30日 02:16
調べてみたら、そのCMは1992年。
ナレーションは、あがた森魚さんでした。

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