「なにをみてもなにかをおもいだす」。
ふと思い出した。これは台詞だったか? 
(ヘミングウェイの小説のタイトルを使って書かれた)創さんが書いた文章の一部なのはわかっているのだけど、同時期に書かれた戯曲の台詞にもあったような。


ときどき、聞いた音で「これって何かに似てる」と気になって、ぶつぶつ言っていると、「ああ、あの芝居の中の私の台詞だ」と思い出す。何度も繰り返し声にして聞いた音は、長い間忘れてても、記憶のどこかにいるらしい。
恐らく感情もそうで、味わった思いは、忘れてはいても確実に経験としてわたしに残り、なにかの折りに思い出されるのだろう。

死んだ人の近くにいた人間は、痛苦を伴った悔恨を掘り起こしてばかりで休まらない。
(ひとりごと−3『白蛇教異端審問』桐野夏生 より)



ときどきこうやって、気になった言葉があると取り出してメモしている。


何を見ても何かを思い出す。だけど「思い出す」ばかりで、「思い出す」だけで、〈それ〉はいっこうにあらわれない、その気配すらない。あきらかに老人はカフェで〈それ〉を待っていた、そして無数の亡霊たちに囲まれていた。(「亡霊カフェ」横田創)


これが書かれたのは2002年頃か。わたしはこの文章を、カフェを舞台にして(それは実際、カフェを営業している中に役者が役として来店したり、仕事したりするという舞台で、舞台と客席があるのではなく、お客様の隣の空いているテーブルに座ったりして)上演した自分の企画公演の企画書に引用し、応えてこう結んでいた。

わたしたちはカフェで、コーヒーを飲んだり食事したり会話したりしながら、待つのです、そこに現れる〈それ〉を、訪れるものを。(「訪れるもの」こもだまり)



思い出す、という行為は、一度忘れなければなし得ない。
待つという行為は、思い出すからできること。なのに待ってたら、待つものは訪れないのだとしたら、待ってない振りをして、さりげない振りをしているしかないのか。忘れている振り?
そうでなければそれはやって来ないのか。

死んだ人もきっとそう。
一度忘れなければ、いくら待っても訪れはしない。いや、いても見えないのかも。
そして遺されたものが忘れたようになって初めて、遺されたものが「痛苦を伴った悔恨」から解放されたころになってやっと彼らはやって来るのだろう。遺した者を苦しめないためだろうか。


わたしは折りに触れ,この感情を思い出す。
痛みを伴う行為だとわかっていながら、完全に失いたくないことも確かなこの感情。

まだそれは思い出せば涙が流れるのを止められないくらいに生々しいけれど、いつか穏やかな気持で亡霊を迎えるられる日が来るのだろうか。