物理学者 対 数学者。
読み終わる頃、このタイトルの意味が分かる。

ガリレオシリーズ初の長編で、湯川さん(物理学者・大学助教授)と草薙さん(刑事)の交流も細かく書かれているし、湯川さんがライバルと認めた旧友との会話は湯川さんの新しい面なのでうれしい。



「前にもいっただろ。考察というのは、考えて察した内容のことだ。実験して予想通りの結果が得られたのでよかったというんじゃあ、単なる感想なんだ。そもそも、何もかもが予想通りというわけじゃないだろ。実験の中から、自分なりに何かを発見してほしいんだ。とにかうもう少し考えて書くように」
(「容疑者Xの献身」文芸春秋刊p.250)


マニュアル本が親切に多く出回るくらいだから、予想通りの結果が出れば「正解なんだからOK」と感じることが多いのかもしれない。正しければいいって局面もあるかもしれないけど、関わったら関わったなりの+αが見たい。上にある言葉でいう「自分なりに何かを」。
それは繰り返し幾人の身体から語られる言語=戯曲も然り。
誰もが思いつく「正解」じゃなくて、「自分なりに何かを発見し」たところを見たい。

なんてことを考えた。