今日、6月28日は岸田理生さんの命日、水妖忌です。

なれなれしく「理生さん」なんて呼べる関係では全くないのですが、昭和さんに倣って寺山修司さんを「寺山さん」というように、諸先輩がたに倣って「理生さん」と呼ばせていただきます。

理生さんの作品は、雛涼子さんが出演された舞台でいくつか見ています。
最初がユニットRの『夢の浮橋』か。『八百屋の犬』、『糸地獄2006』(プロジェクト・ムー)、『吸血鬼』、『ミシャグチ』など。『吸血鬼』は昂奮して過去の日誌に感想を残していると思います。
『糸地獄』には90年代にシアターカイで共演させていただいた友貞京子さんもご出演で、そのとき初めて、理生さんの劇団にいらしたかただと知ったのでした。


去年7月、アゴラに青蛾館の『上海異人娼館』を見に行った時、昭和さんが古いチラシを持参していました。
「整理してたらたくさん出て来たから、雛が持ってなかったらあげようとおもって」

090712「さんせう太夫」チラシ

それがこの『さんせう太夫』のチラシでした。

090712「さんせう太夫」出演者など


理生さん主宰の哥以劇場 1981年6月の作品。劇団員である雛さん、友貞さんはもちろん、昭和精吾も一緒に出演した舞台でした。待ち合わせたアゴラ近くのベンチ付近で、手元にあるうちにと証拠写真を撮ったので、昭和さんの靴が写り込んでますね。慌てぶりが出てます。
今検索かけましたら、雛さんの経歴のページに詳細出てました。


理生さんが闘病中、昭和が病室にお見舞いに行くと「昭和さん、『李庚順』やって」と理生さんがおっしゃったそうです。昭和はたったひとりの観客の耳元で、40分にも及ぶ長編叙事詩を静かに語ったのだそうです。
聞き終えた理生さんはひとこと、「昭和さん。あたし治る気がする」とおっしゃったそうです。


理生さんが亡くなったあと、そんな話を聞きました。
直接のご縁はなかったけれど、理生さんの心を継いでいる人たちがわたしのまわりにはたくさんいらして、先述のかたがた然り、今回お誘いくださった青蛾館の野口和彦さんもその一人、一緒にリーディングさせていただく千賀ゆう子さんもそうです。
なんだかやっと、・・・理生さんの台詞を音にする今回、理生さんと出会えたような気がしています。

理生さんの亡くなったのは2003年の今日。
寺山さんがこっちに帰って来るときは黒い揚羽蝶になって現れるのですが、理生さんは、いったいどんな仮面でいらっしゃるのでしょう?