7月の半ば過ぎに自主制作の映画監督さんからメールをいただいて、数回やりとりをしたあと顔合わせして、短編だから数日で行けると言われ、じゃあ稽古始まる前に撮っちゃいますかと言い、とんとん拍子に本日、無事撮影が終了。
ほんのひと月ほどの出来事。
映像(写真もだね)って写るものが全てだなって、当たり前かもしれないけどよくわかった。
演劇とかライブよりモノ本位というか、どう見せるかより、そのものが大事というか。
例えば15歳の役を60歳で演じることが舞台では可能でも、映像ではない。
小道具だって、舞台では俳優の反応だったり持ちかたでモノの意味は付加できるけど、映像ではもっと厳密になってくる。そう見えなきゃアウト、っていう意味で(つまり先の例でも15歳に見えちゃう60歳ならOKということになるか)。
砂々良のお客様の映画の美術監督さんがよく「映像では美術と俳優しか写らないんだから」と言ってた意味が、やっと少し理解できた気がする。

それに関係あるのかどうかわからないけど、自分で用意した1日めの衣装は、たぶんこれがなかったら着なかったろうなという気のする服だった(自分の血となり肉となったので今後は着るけど)。
2日めのは逆に、行動から発想したためか、よく着ている服。


撮影にあたって、久々にダンスの頭を喚び起こした。
それによって顎の可動域が狭く(固まってたのか歪んでたのか?)なってたのに気付いて、ほぐした。
ここ数年、発声してもなんかすっきりしないと思ってたのはこれだったらしい。
横臥姿勢での長時間読書を全面禁止した。
そして見た目って大切だなって行って帰って行って帰ったくらいのところで思ったので、やはりダンスのエクササイズは続けよう。そしてパーソナルカラー診断と巻爪の病院に行こう。

それにしても、先月上映された『ナゴシノハラエ』といい、今回の作品といい、映像の撮影というシチュエーションでの出演。映画の現場に不慣れなわたしには幸運なことだと感じる。
人の目をみて話すことはできても、カメラに向かって話すのは妙な感覚だったもの。
その不慣れな感じも含め、今回の役には合っているのかな。


先日の顔合わせ後の少女椿壮行会で、常川さんの俳優評論を聞いて(それはとても興味深かった!後日もっと詳しく聞きたいと思っている)から考え続けていることに通じるのだが、今回演じたカリンパちゃんも、私の中のひとりなのだ。

まだ発表する段階じゃないので改めて報告します。
上映は10月、『少女椿』の直ぐあと、公演のパンフレットに折り込むつもりなので、どうぞご注目くださいませ!