2013年05月04日

寺山修司命日公演「われに五月を」の日(当日レポ)

今日は出演者と制作さんと昭和さんのマネージャーと兼ねてる気分での劇場入り。

久々の制作グッズ梱包なのでどれだけ持って行けばいいか悩んだ結果の大荷物。
はやめに出発したのに埼京線が15分遅れで、5分遅刻して到着するとSAIの面々と菊地さんと野口さんがバリバリ客席を作り始めていた。仕事はやい!

なめくじ劇場でイッキさんとコンビの菊地理恵さんと、昭和精吾事務所ではおなじみの野口有紀ちゃんが受付を担当。(受付美女の写真撮ってない…!)
ちょっと打ち合わせて制作グッズをまるっと預けて、あとはお任せ。

案内(観客の誘導)はSAIからおにい、TETRA。、真夢、れんれん(蓮田蓮、ほんとは「れんだれん」と読む)が担当。
れんれんはスーツ着てて緊張してぴしっとしてるし、真っ白の真夢と真っ黒のTETRA。が協力して薄暗い客席を作ってる図は動物の巣作りみたいで和むし、おにいは着々と撮影の準備をしてるし、SAIに頼んでよかったなー、と密かに思う。

音響の飯塚さんと照明の小寺さん(pooで紹介してもらった時にはGW明けからの北海道勤務が決っていたが、引越日を明日に延期して仕事を受けてくれた)がゲネの準備をしているのでわたしも楽屋作りして隙を見てメイク。小屋の時間で一番憂鬱だったメイクタイムも今はさほど億劫でもない。月イチペースでfujimiya.tvライブあったおかげかな。

寺山さんの亡くなった時間には高尾霊園に向かってみんなで黙祷。
今日も、やっぱりいい天気。

なめくじ劇場の撮影担当・松村さんがゲネのスチールを撮ってくれた。
ゲネ終わったら、間もなく受付開始。イッキさんとわたしも受付・客入れをするので楽屋に引っ込むでもない。受付で顔見知りのお客様に挨拶したりしながら過ごす時間は、ずっと楽屋にこもってるのよりなんとなく気楽。

ありがたくもマチネ満席。会場後方から、松木さんとおにいが2カメで押さえてくれる贅沢。
ぎゅうぎゅうでの1時間ちょっと、お客様はすこし息苦しかっただろうけど、暖かい拍手をいただいた。雛さんと友貞さんが並んでいると、顔立ちが似ているのではないのに姉妹のよう。同じものを見て、うちこんできた時代がそうさせるのか。なんだか嬉しい。
ソワレはすでに60人のご予約で満席は覚悟の上だったのだが、椅子を別のお店から貸してもらえて増席したので、立見は出さずに済んだのかな。整理番号順の整列の際には階段に並んだお客様が「次40〜45だってえ!」と下まで声を掛けてくれたりのご協力、ありがたかった。
大阪や京都からのお客様もあったし、久しぶりの昭和精吾に会いに、そして不束な我らの姿を見届けに来てくれたみなさんに感謝。

定時に、イッキさんとわたしはマイクを持って挨拶するところから舞台は始まる。
「本日は昭和精吾事務所 寺山修司命日公演『われに五月を』にご来場いただきまことにありがとうございます。『われに五月を』は、昭和が渋谷ジァン・ジァンで毎年命日に上演してきたライフワークで、お墓参りには行けないのでいつも劇場のある地下から、寺山さんの亡くなった時間には高尾霊園に向かって黙祷しました。今日もそうしました。イッキさんが「今年はキリもいいしやりましょうよ」わたしが「そうですよ去年古稀記念公演できなかったし」と持ちかけると昭和は「俺は没後30年にはさほど拘ってない」とこの公演を渋りましたが、3月半ばだったでしょうか、pooに電話してみたら丁度今日が空いていたので、わたしたちの独断で会場を押さえたところ、「何!勝手にふたりでやれ」と言いましたが最後には「わかった、ただし俺は番外出演にしろ」とOKしてくれました。
さて、なんでこの小さな場所で急にマイクで喋りだしたの?とお思いの方もおられるでしょうが、昭和曰く「マイクで大音量、これが寺山流アングラだ」とのことなので、このスタイルで上演いたします。途中大きな音が出ることもありますが、びっくりせず、そういうもんかと楽しんでくださいませ。」
「携帯電話、時計のアラーム・・・」

【われに五月を】セットリスト
00.短歌掛け合い(「燃ゆる頬 森番 海の休暇」より)
01.長篇叙事詩 李庚順
02.くらま天狗(「邪宗門」より)
03.ひとの一生かくれんぼ
04.かくれんぼ(「誰か故郷を想はざる」より)
05.大人になるまでかくれています(「かくれんぼの塔」より)
06.かもめだけが見ていたある心中のかくれんぼ(「かくれんぼの塔」より)
07.日本自殺考
08.人力飛行機のための演説草案
09.国家論
10.アメリカよ


ソワレで昭和さんの詩を楽屋で着替えをしながら聞いていたら、ちょっとおかしなところがあって、
あれっと思ったら楽屋に帰って来た昭和さんが「一瞬くらっと来た」、眩暈がしたらしい。
出会った頃、昭和さんは心臓に不安があって、本番中も胸ポケットにニトロを入れていた。
それが数年前「俺、ちゃんと調べたら原因は心臓じゃなかったわ」とケロッとして言いだして今は心臓は問題なし。でもやはり血が騒ぐのだろう、くらっと来るくらい、昭和さんも興奮したのだ。やはり昭和さんは舞台が、マイクが似合う。(その後元気に呑んでましたのでご心配なく!)

この話を持ち出してくれたイッキさん、「李庚順、こもだとイッキでやれ」と言ってくれた昭和さん、
応援してくれたみなさんに。
そして昭和精吾を産み出してくれた寺山さんに、天井桟敷に、あの時代に、心より感謝を。


次は8月、昭和精吾ソロ公演で恩返し。



おまけ。本日のスナップ写真いくつか。

照明の小寺さん(無事に引越できたかなあ)。


ストロベリーソングオーケストラに頂いたお花と、


見に来てくれた、溶接工よしえさん。

集合写真なし。ううう、悔。

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mari_air at 23:45│Comments(0)TrackBack(0)演劇・舞台 

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