出かける準備の際、どうも頭が働かなくて、衣装を決めきれず何着かまとめて持って出る。
雨の中、少し早めに集まって打ち合わせしてからリハ。
昨日ロサに向かうとき雨に打たれたからか、調子に乗って歌ったせいか、ちょっぴり喉が痛い。ちょっとだけだけどね。

リハ。
「例のK」のボーカル・葉蔵さんに声かけようと近寄ったら「覚えてますか」と向こうから言ってくれたた。葉蔵さんが「中学生棺桶」の頃、わたしもバンドやってて手刀で何度か対バンしたことがあるのだが、フライヤーの名前で気づいくれたとのこと、うれしい。ひらがなにしててよかった!(笑)

リハやって、再度三人ファミレスに入る。
『短歌零年』の登場人物は「彼」と「わたし」のふたりだけ。でも今日は三人でやるので違う方法を試してみるつもりで、そもそも台詞を役で分けないことにした、ので、割り振りのパターンは無数にある。リハまでにざっくり分けたのだが、実際やってみたら細かいルール思いついちゃって、相談しつつ割り振りし直させてもらって、小道具もひとつ使うことにする。声を聞いて発想したことだから、きっとうまくいく。何度か読み合わせして、一段落。

そのあとはiPhoneアプリの話をしたり。SAIで蓮れん(蓮田蓮)が女子に万延させたカメラアプリを藤宮さんに教えたら、早速DLし、試して遊んでいた(笑)


打ち合わせ中(この背後の「アグラ」で弥生ちゃんはジョナサンにいると推理したらしい)。


ロサで失くしたわたしの眉を、藤宮さんが画家さんに描かせてくれた。

ふたりが仕掛けの確認にライブハウスへ行くというので、お店で荷物番、の間にヘアメイクをした。「私は桃」って台詞があるので、桃って言ったら二つ分けよねと、両サイドを三編みにして後ろもふたつにわけてお団子にしたら、そのあと会う女子みんなに「チャイナですね!」と言われた。こんな感じ。冬のお話なのでマフラー(母の手編み)。

この日のどの写真にも、ちゃんとお団子が写っていないのだ…

【2013.10.5 ジミー藤宮とこもだまりと倉垣吉宏と
 @神楽坂EXPLOSION「螺旋の表層」】
『短歌零年』
TEXT:戯曲「短歌零年」(横田創『(世界記録)』より)
 演奏(彼=寺山修司):藤宮拓
 語り(=私たち):こもだまり+倉垣吉宏


原作は彼(=一瞬の作者)と私(=永遠の読者)の物語だが、この日は上の通りとした。
そして「彼」=十五歳の寺山修司なので、藤宮さんは学ラン学帽。

役が二つある戯曲をふたりで語るのに、役通りに台詞を割らないなんて以前は考えもしなかった。
そしてこの割り振りはなかなかおもしろかったので収穫あり。
しかし、この戯曲は覚えて自由になってた方が合ってるし遊べるだろうということと、
作者役の藤宮さんを舞台上/読者役のわたしたちを舞台下(客席最前列) とした空間演出は正解だと思うが、舞台からの漏れ明かりだけでは読みづらかったので、舞台上以外に行くことを想定するなら、照明があたらなくても大丈夫な準備をしていなくてはならないと思った(ろうささんが手元明かりをボードにつけてたようなこと)。

それから、思ったより早く読み終えていたようで、持ち時間が余っていたのに気づかなかったこと。それならfujimiya.tvの曲(この面子なら「達磨」とか)やればよかった。これは大反省。

やりながら気づくことがあって、あとで話したらおにいも同時に同じことを思ったそうなので、感覚というか呼吸は共有できてたみたい。そして今日やりながら聴いていて、おにいのシンプルな語りしてるときの声が好きだなあと改めて感じたので、また機会があれば、硬質な小説を今日みたいに割り振りして読むか、つかさんみたいな熱い台詞の応酬をするかをしてみたいなと思いついた。
「たくとまり」におにいにゲストで出てもらって上演した「卒塔婆小町」は、三島で言葉が硬質なせいか、台詞の応酬だったせいか、どっちが原因かわからないけど、藤宮さんの演奏と三人で作るならこっち寄りのテキストのほうが三人で遊べる気がしたのだった。

それから個人的には、この戯曲の台詞を(わたしは何度か上演しているので)覚えているのに、変則的な割り振りをしたため、台本を離せなくて混乱してしまった(台本を読む形式で上演する演劇について9/15の日誌の半ばに書いているが、まさにその罠に陥った。しかも暗くて見えないと更に不安になる)。これも反省。
とはいえ、戯曲の違う側面が見れたので、違う形になると思うけれど、またいつか語りたい。
やってよかったし、来てくれたお客様にも、見てもらえてよかった。


集合写真などたくさんあるのでたくさん載せる。





藤宮さんは「彼(=15歳の寺山修司)」の象徴として、生涯初の学ラン・学帽。
「昨日エクソシスト見たから、それに見える!」と弥生ちゃんに言われた十字架。


わたしとおにいは、語り手としての「わたし」たち、として葉書の白のイメージで白い衣装。


おにいが「僕には少しちっちゃかった」と譲ってくれた白のウエスタンで。
赤いのは財布ですが、手には小道具の台本と葉書を持っています。


弥生ちゃんと。きえるちゃんと翔馬さんも見に来てくれた。三人には髪型が好評だった。


同じく見に来てくれたどりいむさんを囲んで、4人組だったかのような写真(笑)
(これが一番、お団子がわかる写真かと!)



「失いし言葉に叫ぶ種子あり」はもちろんのこと、
「言語の飛ばない空はなかった。」「一人死ねば一つ短歌が殖える桃の樹!」という台詞が好き。
そうだ、単行本『(世界記録)』に掲載されているもう1本の戯曲、「繁く咲く道」も、またやりたいと思っている作品です。そんな日を目指して、また。また、お会いしましょう。


ありがとうございました!


※追伸
葉蔵さんは、中学生棺桶の時にも感じた芯のぶれなさというか、譲れなさ、みたいなものが変わってなくて、嬉しかった。
この日のトリ、死神さんとマリア観音の木幡さんのデュオ(というかセッション)は、死神さんの曲を演奏したんだけど、知っている曲がセッションになることで違う顔を見せて、そしてふたりは楽しそうに斬り合いをしている武道家のようだった。
たのしかった!