数年前までは、公演が終わると10日以内くらいに御礼日誌を書けていたのだけれど、
twitterやFacebookで当日に一旦「ありがとうございました」って言うと安心しちゃうのか、
書きたいことが多すぎるせいなのか、ここんとこ全く終了報告が書けていない。

麻人楽『幻夢+』も、百眼の『冥婚ゲシュタルト(再演)』も。
遠くは『少女椿(大阪遠征)』から書けてない。

手紙が書き上がらないということは、送らないで手元にあるってことで、ちょっと最近考えていたことにそれは繋がるなーなんて思う。
手紙の「反故」という言葉がなんだか好き。書き手が読み直した結果に起こることだからかな。また書き直してる姿が浮かぶからかな。

少し前に、タイムラグがあるという性質上、すべての手紙は遺書の要素を持っているって書いたけど、わたしがこれまで書いてきた作品も、語られる人の不在が根幹にある。わからないもの/他者をわたしは「あなた」と呼び、もっとあなたを知りたいと思う。
新しい世界を見せてくれたあなたたちに感謝。





12月10日、旅の始まり。
お時間ゆるせば、一緒に行きましょう。